第一章
月を見上げる
月ひとつ誰にも言わず帰る道
窓あけて月だけ入る夜の部屋
月明かり脱いだ靴まで白くする
月を見る理由もなくて立ち止まる
月ひとつ駅を出たあとついてくる
月の夜名前のない風通り過ぎ
月影に自転車ひとつ眠りおり
月を見る今日の失敗まだ胸に
月明かり冷めた珈琲まだ残る
月ひとつテレビを消せば近くなる
月の下犬だけ先に角曲がる
月を見るひとりの夜も悪くない
月影が机の端で折れている
月ひとつ眠れぬ窓に浮かびけり
月の夜何者でもない顔洗う
第二章
遠い月
遠い月あなたの町も照らすだろ
月明かり返事の来ない机まで
月ひとつ電話を切ったあともいる
月を見る会えない距離を測るよう
月の夜送らぬ文字をまた消して
月遠し言えば壊れることもあり
月影にふたりで歩くはずの道
月ひとつ好きと言えずに駅を出る
遠い月夢もあのくらい遠く見え
月を見る昔の友の町を思う
月明かり知らない窓にも同じ色
月ひとつあの日の君も見ただろう
月遠し手を伸ばすほど夜深し
月の下約束ひとつ古くなる
月を見る届かぬものが美しい
第三章
欠ける月
欠けた月足りないままで空にある
月欠けて昨日の椅子が広くなる
月の夜ふたつの箸をひとつしまう
欠けた月言葉の端も欠けている
月影に写真一枚伏せておく
月欠けてうまく笑えぬ帰り道
月の夜閉店札の揺れている
欠けた月財布の底もよく見える
月を見る負けた理由はまだ知らず
月欠けて数字ばかりが目についた
月の窓売上だけが青白い
欠けた月誰かの成功眩しすぎ
月を見るできないことを数えつつ
月欠けて自信も少し細くなる
月の夜辞める理由を三つ書いた
欠けた月消した履歴にまだ光る
月ひとつ泣いたあとの目よく乾く
月欠けてなくしたものの形知る
月の夜空いたところへ風が入る
欠けた月欠けたところに星ひとつ
第四章
夜を照らす
月明かり鍵穴ひとつ見つけ出す
月の下コンビニだけがまだ起きる
月ひとつ終電あとの駅にいる
残業の窓にも月は一人前
月明かり返信ひとつ書き終える
月の夜誰かの仕事まだ灯る
月ひとつ帰れば味噌汁湯気を立て
月を見る今日の仕事を置いてから
月明かり濡れたアスファルト道となる
月の下知らない人と傘たたむ
月ひとつ誰かの窓に灯りあり
月影に小さな店の暖簾揺れ
月の夜父から電話用はなし
月ひとつ母の既読がすぐにつく
月明かり言葉少なき友と飲む
月の下笑った声が角を曲がる
月ひとつ名前を知らぬ人に会釈
月明かり転んだ膝を照らしおり
月の夜明日のシャツを干しておく
月ひとつ暗さの中に道はある
第五章
満ちる月
満月や冷蔵庫には卵ふたつ
月満ちて何も起きない夜がいい
満月に帰る家あり鍵を出す
月を見る欲しかったもの減っている
満月や古い茶碗に飯を盛る
月満ちてひとりの部屋も狭くない
満月に昨日の傷も連れて出る
月を見る叶った夢を忘れかけ
満月やもう競わない靴を履く
月満ちて友の白髪を笑い合う
満月に父の背中が小さく見え
月を見る母の歩幅に合わせゆく
満月や足りないものも連れている
月満ちて空の広さは変わらない
満月を見上げて何も願わない
第六章
月は残る
月ひとつ昔の家の屋根も照らす
月を見るもう会えぬ人の声がする
月明かり名前呼ばれた気がしたり
月の夜空席ひとつそのままに
月ひとつ別れた道を照らしおり
月を見る忘れたはずの歌ひとつ
月影に若き自分の靴の音
月ひとつあの日の夢もまだ遠く
月の夜言えなかったこと風に置く
月を見る戻らぬことを知りながら
月ひとつ誰かが今日も見上げてる
月沈む古い手紙は開かず置く
月のあと空には空の暗さあり
月沈み言えぬ言葉を夜に置く
月は消え水面にひかり残りけり